平成8年度通産省関東通産局

技術改善費補助金交付

補助事業研究結果発表

調相結合トランスを応用した

熱陰極蛍光灯用インバータに関する研究

株式会社テクノリウム

代表取締役 牛嶋昌和

(原文のまま掲載しておりますので、本研究発表の内容には一部誤りが含まれております。
詳しいことは末尾のコメントをご参照ください。)


1.概要
写真1
本研究には調相結合トランス及び遊離インダクタンスという聞きなれない用語が用いられているが、これは新造語である。
本研究は、関東通産局技術改善費補助金による補助事業として行なったものであり、その申請過程で棒状トランスに発生する特異な現象について、通産局の技官から命名されたものであるため、現在のところ文献などにその用語の記載はないものと思われる。
調相結合トランスは非常に細長い形状のトランスで、一般に知られるトランスの概念からはかけ離れた形状をしている。
調相結合トランスには遊離インダクタ効果を有するものとそうでないものとがある。
遊離インダクタ効果型調相結合トランスは、当初、液晶バックライト用の冷陰極管を点灯させる為の昇圧回路(インバータ)のトランスとして実用化された。(写真1)
写真2    本仕様          従来型

このトランスは、形状が細長く、従来の一般的なトランスと比較するとかなり特異な形状をしている。
本トランスが発明された当初は、液晶バックライト用のインバータには写真2右のような閉塞磁束型、つまり、磁束の通り道がループを形成するように磁性材(フェライト)で終端した構造の、ごく一般的なトランスが用いられていた。
(写真2 左 本仕様 右 従来型)

しかし、従来のトランスの構造では、液晶製品の小型軽量化の要求に答えることが難しくなり、本トランスのように細長い形状のものが注目されるようになって、実用化に至った。(写真2左)

冷陰極管は実用電力の小さいものであり、通常2W〜4W程度のものである。
そこで、調相結合トランスの応用の次の段階として、蛍光灯としてもっとも需要の多い、40W型(或いは高周波点灯専用としてHf32W型)熱陰極蛍光灯のインバータに応用すべく、本研究を行なった。
さらに将来は、調相結合トランスがどれだけ大きな電力のものに応用できるかを探り、水銀灯やメタルハライド灯用のインバータとして実用化を目指したい。

2.研究の目的
(1) 研究の必要性
トランスは歴史が古く、原理が単純であり、既に多くの研究者が取り組んでいるところから、動作原理は全て解明し尽くされていると思われがちである。
ところが、棒状の連続した磁性材に一次巻線・二次巻線が巻かれたトランスには、従来のリケージインダクタンスの他に「調相結合」と「遊離インダクタンス」という新たな現象があることが見出された。
これら(「調相結合」と「遊離インダクタンス」)の現象は、従来から全く予想し得なかったものではく、注意深く観察すれば見出せなかったわけではないが、工学的にトランスを応用する場合には「動作原理上理想的でない成分」として、努めて無視されてきたものであった。
しかし、トランスを限界まで小型化していこうとする場合に、これらは避けることのできない現象となって現れてくる。
そして、現象の解明を進めていくことによって、従来は理想的でないとされていたこれらの成分を逆手に取り、巧妙に利用してしまう方法もあることがわかってきた。
調相結合と遊離インダクタ効果を深く解明し、数式化することによって、調相結合トランスの確実な設計法を確立し、応用面を広げていくことを目的に本研究を行なった。


(2) 省エネルギーとローコスト化、環境保全
本研究において、Hf32W型蛍光灯をテーマとしたことは次の理由からである。
日本のみならず世界において、現在、省エネルギー化の推進は至上命題である。
現在主流である40Wラピッドスタート型蛍光灯は商用電源の周波数(50Hz或いは60Hz)で点灯されているが、 これを高周波で点灯させ、さらに蛍光管自体に若干の改良を加えることにより、32Wで点灯させることができる。
この規格はHfと呼ばれ、北欧を中心に規格化が進められ、日本の工業界においても共通の規格として追認することになった。
蛍光灯をHf化することにより、照明用電力は20%の節約となる。
(力率や照度の改善もあるので実際には30%近くの改善となる。) ところが、ラピッドスタート型に使われているトランスに比べて、Hf点灯機具の電子回路(インバータ)は多くの電子部品を組み合わせて作られており、 非常にコストが高い。
そのため、Hf型蛍光灯普及の障害となっている。
図1
調相結合トランスはトランスの構造が簡単で価格が安く、また、安全性が高いため、従来必要とされていた多くの電子部品を節約することができ、ローコストなインバータを構成することができる。
40W型蛍光灯は国内において60億本程度が点灯されており、消費電力は膨大な照明用電力を消費している。
これらの電力を20%節約することは地球環境保全上重大な意味がある。
また、高周波点灯化によって蛍光灯の寿命は50%程長寿化するため、廃棄に伴う水銀の環境汚染の危険性も長寿命化の分だけ低減されることになる。
ローコストなインバータを提供することでHf型蛍光灯の普及を促進し、省エネルギー化と地球環境保全を推進する。

(3) 小型化と応用範囲の拡大
調相結合トランスの形状は非常に細長く、これを用いてインバータを構成すると細長い形状に仕上がる。(図1)
写真3
従来のインバータやチョークトランスは幅・高さとも大きいため、器具のデザイン上問題になることが多かった。  
本研究によって仕上がったインバータは額縁の枠に収まるほど細いため、今後の研究次第ではさらに多くの応用面が広がる可能性がある。
(写真3)
図2
3.調相結合トランスの性質

(1) 調相結合トランスという名前の由来について

技官が付けた名前で詳しいことはわからないが、現象としては一次巻線により励磁された磁束の変化が二次巻線に伝わる際、二次巻線の逆起電力により発生した磁束の変化が一次巻線の磁束の変化と同相になる(歩調を揃える)ということで、「調相」という名称が適切であると思われる。(図2)

図3
(2) 調相結合という現象について
一次巻線に正弦波を加えた場合で調相結合をモデル化してみると次のようになる。 (図3)
二次巻線に接続された負荷による電流などは一切無視するものとする。
  1. 一次巻線は誘導性であるから一次巻線に流れる電流は電圧よりも90°遅延する。
  2. したがって、誘起される磁束は電流に比例するので、磁束の変化は一次巻線に加えられた電圧より90°遅延することになる。
  3. 二次巻線に誘起される電圧は、一次巻線により発生した磁束の変化の微分であるから一次巻線の電圧と同相である。或いは単純に一次巻線と同相と考えても良い。
  4. 二次巻線に負荷がつながれた場合を考える。一つは抵抗性、一つは容量性、もう一つは誘導性である。
  5. . 二次巻線に生じた電圧が負荷に与えられ、電流が流れると、この電流が二次巻線に流れ、磁束の変化を生じる。
  6. 抵抗負荷の場合、二次巻線に生じた電圧と同相の電流であり、この電流により生じる磁束の変化は一次巻線の側の磁束の変化から90°進んで逆相、つまり90°遅れることになる。
  7. 誘導性負荷、容量性負荷について見てみると、誘導性負荷により生じる電流は二次巻線に生じる電圧より90°遅れて逆位相、つまり、90°進むので、一次巻線から発生する磁束と真正面からぶつかる位相となる。
  8. 逆に、容量性負荷により生じる電流は二次巻線に生じる電圧より90°進んで逆位相、つまり、90°遅れるので、一次巻線から発生する磁束を全て二次巻線に引き込む位相となる。

一般に、疎結合トランスなどで、二次巻線に容量性負荷をつなげた場合、二次巻線のリケージインダクタンスと容量性負荷による共振が生じるが、共振周波数に近づくと急に結合率が向上することは知られている。
ところが、さらに、これを連続した棒状の磁性材に一次巻線と二次巻線を巻いた場合には、共振点から遠い状態では結合率が著しく低く、逆に共振点に近づくにつれて結合率が急速に向上し、棒状という形状からは予想がつかないほど高い結合率が得られるようになる。
理論的には、磁性材が連続しているので、閉磁路型トランスに匹敵するほどの結合率が得られることになる。
これを調相結合(仮称)と呼ぶことにした。
負荷が容量性でない場合、このトランスの結合率は極端に悪くなってしまい、単なるリケージフラックストランス(漏洩磁束型トランス)となる。
次に、負荷が容量だけではなく、抵抗成分などが加わった場合にどうなるか疑問が生じるが、トランスの基本原理に従い、「負荷の接続によって励磁磁束が変化することはない」ということから、励磁電流と負荷電流のベクタは分けて考えることができるので、抵抗負荷が加わっても調相結合が崩れることはなく、高い結合率が維持される。

(3)棒状トランスと結合率

1.従来の知見に基づく見解
トランスが非常に細長い棒状なので、実用的な結合率は期待できないと思われる。
なぜなら磁束が非常に漏れやすいからである。 
というのが従来の見解であった。
また、磁束が漏洩するので効率が悪いという思い込みから酷評されるケースもあった。
磁束の漏洩が効率を低下させることはあり得ないのであるが、一般的に良く間違われることである。
かなりなレベルの方にも同じ質問をされたことがある。
多くの電子工学技術者はトランスには無関心であり、基礎原理が忘れ去られていることを示している。

2.リケージインダクタンスの等価回路
図4に一般的な漏洩磁束トランスの等価回路を示す。
このモデルでは一般に結合率mを一定としているが、調相結合では共振点に近づくほど結合率が高くなることが確認されている。

3.昇圧比
一般にトランスの昇圧比は一次巻線と二次巻線の巻数比に比例するとされている。
ところが、漏洩磁束トランスにおいてはしばしば巻数比以上の昇圧が確認される。(図5)
 図4

 図5
 
こういった現象は、先行技術調査などで特許公報を参照している際などに記載を見かけることがあるが、実際に応用されている例は少ない。
巻数比以上の昇圧比が得られる理由は、図4の等価回路におけるリケージインダクタンスと負荷容量との直列共振による電圧の上昇と考えるモデルが一般的であるが、調相結合の場合、共振点付近での結合率の急速な上昇も同時に起こるため、共振現象としてはかなりQの高い共振となる。
これは、結合率Mを一定とした従来の3端子モデルでは説明しにくい。

4.冷陰極管と熱陰極管の性質

(1) 冷陰極管のインピーダンス
図6
冷陰極管は定常放電時の管電流が少なく、定常放電電圧は高い。
これに比べて熱陰極管は定常放電電流が大きく、定常放電電圧が低い。
つまり、冷陰極管のインピーダンスは高く、熱陰極管のインピーダンスは低いということになる。
また、放電管であるので放電電流が増えると放電電圧が低くなるという負性抵抗の特性を持っている。(図6)
図7 
(2) 冷陰極管の性質
冷陰極管は負性抵抗特性を持っているために、昇圧トランスに直結できないので、安定器(リアクタンス)を介して接続する必要がある
インバータ回路により点灯する場合には一般的にコンデンサをリアクタンスとして用いている。

(3) 冷陰極管用調相型トランスと遊離インダクタンスの発見
冷陰極管用昇圧トランスを細長い磁性材の上に巻いていく場合、二次巻線の巻数は非常に多くなる。
具体例としては、4Wの冷陰極管用の調相型トランスの二次巻線は0.035UEWの線を4000ターンほど巻くことになる。 このようにすると、二次巻線の単位長さあたりのインダクタンスが非常に大きくなるばかりでなく、巻線間の寄生容量も大きくなり、寄生容量と自己インダクタンスだけで調相結合を起こすようになる。(図8)
図8
図9
ところが同時に、二次巻線は単位長さあたりのインダクタンスと単位長さあたりの寄生容量によって、この細長い円筒状の二次巻線は、まるで同軸ケーブルのような分布定数回路を形成するようになる。(図9)
このため、一次巻線から調相結合部に伝えられたエネルギーは二次巻線の円筒上を終端まで移動するのにかなりな時間後れを伴って移動することになる。
遊離インダクタトランスでは、この移動速度の時間後れを駆動周波数のちょうど半波長になるように巻線ボビンの長さを設計してある。(図10)
以下は電子技術1996年7月号に掲載された記事を参照しながら説明する。

(4) 遊離インダクタンスと等価回路

(5) 遊離インダクタンスとリケージインダクタンスの違いについて

(6) 冷陰極管における応用

(7) 熱陰極管への応用

調相結合トランスを熱陰極管に応用する場合、二次巻線の巻線数が少なく、巻線間の寄生容量が少ないことから、二次巻線に並列に容量を付加することで、調相結合を誘起する。
この場合、二次巻線を伝わるエネルギーの速度は、二次巻線の巻線数が少なく、巻線間の寄生容量が少ないことにより非常に早くなるため、トランスのボビン長より遥かに長くなり、したがって、遊離インダクタンスは見かけ上ほとんど観測されなくなる。 つまり、調相結合のみのトランスとなる
 図 10
ちなみに、点灯に成功したHf32W型蛍光灯用のインバータ回路を示すが、回路図上からは遊離インダクタ効果型の調相結合トランスを用いた冷陰極蛍光管点灯回路とほとんど同じに見える。(図11)
しかし、上記の説明のように、トランス内部での動作原理はかなり異なっているのである。

 図11
5.結果
図12
(1) 出来上がったインバータのコスト評価について

図 12
基本的な回路構成は冷陰極管で実現していた回路とほとんど同じであり、非常に簡易な回路構成でHf32W用インバータが実現できた。
特筆すべきは、トランスは、インバータ回路において最も高価な部品であったが、ここに使われている調相結合トランスが、従来の回路で使われていたトランスよりも遥かに小型軽量であり、また、トランスの構造がシンプルなのでトランスそのもののコストが非常に安い。
そのため、図12のような多数点灯用回路も安いコストで実現できる。
また、性能も従来の複雑で部品点数の多いインバータと効率、安全性の面で何らそん色が無い。
安全性において特筆すべきは、図13のような水没試験においても水没後、水から引き上げて湿気を保ったまま点灯しても何ら危険な状態にならず、トランスの自己発熱によって乾いてしまい、その後は元どおりに点灯し始めるのである。
図13
写真4  
6.今後の応用について
Hf32Wのみならず、この研究の成果を水銀灯やメタルハライド灯に応用していきたいと考える。
また、最近では、パソコンディスプレイの省エネルギー化を推進するため、ブラウン管式モニターから液晶モニターへの転換が奨励されている。(写真 4)
この場合も液晶の光源として蛍光管が用いられるのであるが、ここに、冷陰極管よりも光量が大きくて効率の良い熱陰極管を用いようという動きがあり、写真4のような細径の熱陰極管が注目されることになった。
既に調相結合トランスで点灯可能なことが確認されており、液晶モニター分野での実用化が実現される日は非常に近いものと思われる。


遊離インダクタンスについて
従来のリケージインダクタンスについては集中定数性リケージインダクタンスと定義するべきであろう。
一方、遊離インダクタンスを分布定数性リケージインダクタンス、と定義するのが良いかと思う。
分布定数性が表れる条件は、二次巻線に寄生容量が存在して遅延回路を形成していたり、巻線方向に磁気的に漏れやすい条件が分布していたりすることである。
そのような分布定数性の性質が現れたり消えたりすることを遊離インダクタンスの出現と呼ぶことにしている。

遊離インダクタ効果について

上記のような分布定数性がトランスの二次巻線に生じると、トランスの変換効率が急に上昇する。
このことを遊離インダクタ効果と呼んでいる。
磁束が自由になることによってなにか起こるのだろう。(コアロスが均等に分布するとか)
効率の比較を見ていただきたい。
一般の(と言われている)薄型トランスにも同様の効果は認められる。
ただし、負荷が軽く変換電力が小さい場合はこの効果が現れない。
負荷が重く、変換電力が大きくなるにしたがって遊離インダクタ効果が現れ、トランスの変換効率が急速に向上する(テクノリウム製のトランスに近づく)様子が顕著に表れている。

二次巻線の共振について

後に、1/2λではなく、1/4λであることがわかり、資料は訂正された。(図10)

結合率mについて

結合係数Kではない。
一次巻線と二次巻線を通過する錯交磁束と漏れ磁束の比には適当な用語が割り当てられていない。
二次巻線に容量性の負荷が存在すると錯交磁束が多くなる。
その結果結合が強くなるのだが、このような説明のためには「有効磁束比」ともいえるような数値が必要である。
結合係数kは自己インダクタンスと励磁インダクタンスとの比なので磁束の漏れに関係なくほぼ一定なものなので、有効磁束比の検討には使えない。
容量性引き込みがをどう説明するか悩むため、本研究では結合率という言葉を用いた。


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