「漏れインダクタンス」と「短絡インダクタンス」用語に関する注意点

1.二つある漏れインダクタンスと用語の定義


変圧器の磁束
漏れインダクタンス(リーケージ・インダクタンス=leakage inductance,漏洩インダクタンス)という用語は、電気学会とJIS及びトランス工業会とでそれぞれ示すものの意味が異なるので注意が必要である。
電気学会や電磁気学などの書籍では、変圧器(トランス)の一次巻線および二次巻線の一方にだけ鎖交して他方に鎖交しない磁束(漏れ磁束)によって生じるインダクタンスを漏れインダクタンスと定義している。この定義によれば漏れ磁束が漏れインダクタンスを構成することになっている。
一方、JISやトランス工業会ではトランスの一次巻線、または、二次巻線の一方を短絡して、他方の巻線から測定したインダクタンスを漏れインダクタンスとしている(JIS C6435による)。この測定法は漏れインピーダンスの測定法と全く同じで、つまり漏れインピーダンスのインダクタンス成分を漏れインダクタンスと称しているわけである。
両者の漏れインダクタンスは呼称が同じでも、その意味も値も異なるので、用語の混乱を避けるために、以下にそれぞれの用語の意味するところと数式による関連付けを示す。

2.トランスの漏れ磁束の基礎概念と漏れインダクタンス

トランスの磁束漏れの基礎概念から導かれるトランスのの三端子等価回路の、各等価インダクタンスと数式との対応は次のとおりである。


トロイダル・コア活用百科第2-7図及び第2-10図より

トロイダル・コア活用百科(山村英穂 著)CQ出版社(←名著ですね)P52に基づいて説明すると次のようになる。
つまり、
1.主磁束が相互インダクタンスM を構成し、
2.一次側漏洩磁束(一次側漏れ磁束)が一次側の漏れインダクタンスLe1を形成し、
3.二次側漏洩磁束(二次側漏れ磁束)が二次側の漏れインダクタンスLe2を形成する。

これは、学会の定義する漏れインダクタンスであり、同時に現実のトランスの主磁束と漏れ磁束とをモデル化したものである。トランスを構成する磁束との対応性がよく、理論的にも整合性が良い。電気学会/電磁気学・電気工学書籍に書かれているこのような漏れインダクタンスの定義は理論解析から導き出されるものであるので当然、数式との適合性が良く、電気学会書籍等では標準的な取り扱いになっている。
一方、JIS及びトランス工業会などでは、実用的にトランス一次巻線、二次巻線のそれぞれの他の端子を短絡した際に短絡しない側から計ったインダクタンスの値を漏れインダクタンスと称している。
これは、電気学会などが定義しているものと実際の値も意味も異なっている。


JIS C5321 より


JIS C6435 より

この測定法は電磁気学書籍などで言うところの漏れインピーダンスの測定法と同じであり、漏れインピーダンスのインダクタンス成分を測定していることになる。
なんで違う意味のものに同じ用語が割り当てられているのだろう?(漏れインピーダンスの測定法と混同して間違っちゃったんじゃないの~?、ということは口が裂けても言わない。)
そもそもこれが原因で混乱を招いているのは迷惑なことである。一度は日本工業標準調査会の方にも問い合わせてはみたのだが、「JIS C6435の計算式で正しい」という返答をもらったのでそれ以上はなにもできない。

3.それぞれの漏れインダクタンスの用語の関係について

JIS C6435で計測される漏れインダクタンスLs(JIS漏れインダクタンス)とは、三端子等価回路で見ると、次のようにトランスの片側の端子を短絡した際に他方の端子から測った場合の(電磁気学書籍などで言うところの)トランス一次側、あるいは二次側にインピーダンス変換した漏れインダクタンスLe と相互インダクタンスM (この場合、有効インダクタンスといわれるものと値が等しくなる)との並列・直列の合成インダクタンスのことである(つまり、LeM とを並列合成してLeと直列合成する)。
即ち、JIS C6435で言うところの漏れインダクタンスは純粋な漏れインダクタンスを測定していたのではなく、相互インダクタンス(有効インダクタンス)を含めた合成インダクタンスを測っていたのである。



短絡法で測る合成インダクタンス

ここまで気づけば両者の用語の間を数式で関連付けることが可能である。
実トランスを理想トランスと三端子等価回路に分解して、漏れインダクタンスを一次側、あるいは二次側に換算した場合、巻線の分布容量や直列抵抗が無視できるとすれば、これらの数値の間には次のような関係式が成り立つ。

自己インダクタンス
漏れインダクタンス(JIS C6435)
短絡インダクタンス(JIS C5602)
漏れインダクタンス(電気学会)
相互インダクタンス
有効インダクタンス
結合係数

これらをまとめると、電気学会の漏れインダクタンスとは一次側漏れ磁束によって生じるインダクタンスを一次側漏れインダクタンスLe1、とし、二次側漏れ磁束によって生じるインダクタンスを二次側漏れインダクタンスLe2としたものである。一方、JIS C6435の漏れインダクタンスは漏れインダクタンスを一次側あるいは二次側に集中して(換算して)相互インダクタンス(有効インダクタンス)と合成したものである。
漏れインダクタンスを一次側あるいは二次側に換算した場合には、Le1Le2とは同じ値となる。結合係数が高くLe1Le2に比べて相互インダクタンス(有効インダクタンス)M が無視できるような場合(一般的なトランスの場合)には、単純にJIS C6435の漏れインダクタンスLsは電気学会漏れインダクタンスLeの約二倍の値になると思えば良いのである。
一方で、磁束漏れの多いモデル(磁気漏れ変圧器のような場合)では相互インダクタンス(有効インダクタンス)M の影響が無視できなくなって来るので、その場合は相互インダクタンス(有効インダクタンス)も計算に入れて一方のLeと並列合成しなければならないということを意識しておく必要がある。

3.1 工業的漏れインダクタンス短絡インダクタンス

参考までに変成器と最大電力伝送定理(東工大)から抜粋した一節を見てみよう。

第3章 変成器と最大電力伝送定理(抜粋)

(略)
(3.19)





このσを漏れインダクタンス(leakage inductance) と呼び,二次コイルと鎖交しない磁束によるインダクタンスである。密結合変成器の場合はk = 1 であるから,σ = 0 となる。

(略)



図3.9: 変成器の等価回路

3.4 一般の変成器の理想変成器による表現

理想変成器では,出力を短絡すると入力も短絡される。しかし,一般の変成器では出力を短絡しても漏れインダクタンスσが残る。したがって,図3.9 の等価回路が予想される。
先に示したように


(3.29)



である。出力を開放したときの一次インダクタンスはL1 であるから
(3.30)



と、ここで言っている漏れインダクタンスσとは、工業会の漏れインダクタンスである。他の電気学会関係の書籍とは定義が違うので注意する必要がある。ところで、これって式も値も正しいんだが、「このσを漏れインダクタンス(leakage inductance) と呼び,二次コイルと鎖交しない磁束によるインダクタンスである。」という説明には問題がある。式3.19の中でしっかりと相互インダクタンスM を使って算出しているのだから、σは純粋な「二次コイルと鎖交しない磁束によるインダクタンス」ではない。主磁束によってできる相互インダクタンスも反映されたインダクタンス値である。
ちなみにこのインダクタンスのことをJISC5602:1986 4305では短絡インダクタンスと規定している。
4305 短絡インダクタンス 複数の巻線がある場合,一方の巻線を短絡して,他方の巻線から測定したインダクタンス。
 
short-circuit inductance
放電管用磁気漏れ変圧器だとかワイヤレス電力伝送(ワイヤレス給電、非接触給電、非接触電力伝送とか、言い方いろいろあるが)などでは、こちらの漏れインダクタンス(短絡インダクタンス)が共振周波数の計算に直接関係するので現場的には使いやすい。

3.2 学術的漏れインダクタンス

一方、書籍 電気回路論 (法人電気学会 オーム社刊)によれば、漏れインダクタンスの定義は、

第4章 交流回路(抜粋)

(略)
 もしこの場合の
aの値を
  
(4.132)
とすれば,
  
(4.133)
  
第4.64図

第4.65図
となり,等価回路は第4.66図に示され,第4.65図の両側のインダクタンスは等しく(1-k)L1となる。
この(1-k)L1なるインダクタンスは1つのコイルによってできた磁束のうち他のコイルを貫通しない部分によってできるもので,
漏れインダクタンス(1)と名づける。

第4.66図

(1) Leakage Inductance

となる。明らかに東工大の言う工業的な意味の漏れインダクタンスとは定義の値も異なる。
東工大の方は工業会で定めた(JISの)漏れインダクタンスを説明している。理学と工学との違いが出たか?
ちなみに、JIS漏れインダクタンスLs、電気学会漏れインダクタンスLeと結合係数k との関係をグラフにすると、次のように単純な直線関係になる。


結合係数とJIS-学会漏れインダクタンスと関係

二つの漏れインダクタンスの関係は実に単純で、結合係数をkとすれば、

Ls = (1+k)Le

である。
いずれにしても、「漏れインダクタンス」にはJISの(測定のC6435の)ものと電気学会の(定義の)ものがあり、同じ用語が割り当てられているが、示す値が違うので、どちらの「漏れインダクタンス」かを明確にして数値の取り扱いの混乱を防ぐ必要がある。

※本頁記載の内容は再編集してWikipediaにも記載しています。

漏れインダクタンス
結合係数
漏れ磁束

短絡インダクタンス

4.回路シミュレーションでの混乱
結局、JIS測定法C6435による漏れインダクタンス値と電気学会定義の漏れインダクタンス値とは約2倍の違いがある。
回路シミュレータにおいてパラメータ設定で注意すべきは、従来は励磁インダクタンスとして単純に巻線の自己インダクタンスLoを設定し(結合係数が高い場合はいいが・・)、そして、JIS漏れインダクタンスLsを測定し、L型簡易等価回路に設定するのが一般的であったが、この場合、磁束漏れが少ないと誤差が少ないが、磁束漏れが多いと誤差が大きくなってしまうということが起きる。
本来、励磁インダクタンスとは各巻線側から見た相互インダクタンス、即ち有効インダクタンスのことであるから、磁束漏れが多い場合は有効インダクタンスを設定しなければならない。もっと正確に言うと、磁束漏れの多いモデルでは k2L1でなければならない。さらに、ほとんどの場合、理想トランスを単純に巻数比で N1:N2としているがこれも違う。磁束漏れが大きい場合は、正しくはN1:N2/k (二次側に換算する場合はN1:N2*k)としなければならない。
特に共振型のスイッチングレギュレータをシミュレーションする場合にはこの誤差が致命的で、L型簡易等価回路ではゼロ電流スイッチング回路(ZCS)の暴走現象が解明できないはずである。
さらに悪いことには、JISの測定法には相互インダクタンスの測定法まで載っている。
この相互インダクタンスは電気学会書籍などの言うところの相互インダクタンスと意味は等しい。
これじゃ誰だって、「漏れインダクタンスと相互インダクタンスはJIS C6435の測定法で測定して・・・」と、そのまま三端子等価回路に設定してしまう。
ここで、L型簡易モデルはだめだと気づいて三端子等価回路に行き着いたとしても、相互インダクタンスはJIS即ち学会のもの、漏れインダクタンスはJIS C6435のものを充ててしまったという支離滅裂なシミュレーションをやってしまうこともあるのでこうなるとやはり結果は支離滅裂である。
その結果長い間、「トランス・コイルの関係するシミュレーションなんて所詮こんなもんさぁ」、とあきらめる原因にもなっていたようで、たくさんの人がかなりの年月を無駄に過ごすことになったようである。
結局、三端子(T型)等価回路で電気学会漏れインダクタンスLeと有効インダクタンスM を前述の式で計算して充てることによって、モデルと実測とがよく一致するようになり、やっと新しい展開が見え始めた。
こんなことを書いてある本はどこにもない。このことは、工業会を含む一般にはまだ広く認知されていないので混乱はしばらく続きそうである。

5.ワイヤレス電力伝送(非接触給電)でも重要なパラメータ
今まで漏れインダクタンスは、電機電子の中でもごく一部の送電線や電子レンジや放電管にかかわる人の間のみで重要な用語ではあったが、一般的な電子系の技術者にとってはトランスが不完全なために、スパイク電圧などの余計な波形を生じる邪魔者という扱いに過ぎなかった。そのために漏れインダクタンスは嫌がられる存在であって、あまり関心を持たれなかったというのも事実だろう。そのためにこの用語の問題は放置されてきたようである。
ところが、ここへ来てワイヤレス電力伝送 (Wireless Power Transfer) の原理説明でも頻繁に登場する言葉となった。また、ワイヤレス電力伝送の解析や説明にも両方の漏れインダクタンスが必要になるなど、いよいよこの用語が一つの説明の中に同居することになってきたので、そろそろ整理してもらわないと面倒なことになりそうである。

6.結局JIS内でも不一致
ちなみに、JIS C6435の測定法で言う漏れインダクタンス(片方の巻線を短絡して他方から測定する)測定法というのは、電力工学の本によれば、巻線の直列抵抗までを含めた値を測定するのが短絡インピーダンス測定法、巻線のリアクタンスだけを測定したものが短絡リアクタンス測定法であると記載されている。
ならば、短絡リアクタンスから計算されるインダクタンスなんだから短絡インダクタンスが正しいはず。実際、同じJISの中でもC 5602ではこれを短絡インダクタンス(short-circuit inductance)と言うように呼びかけているのであるが、日本ではここ少なくとも30年以上は無視されっぱなしだそうである。
米国事情も見てみたが状況は同じようであり、短絡インダクタンスを由緒正しく? short-circuit inductance と呼んでいるのもあれば short-circuit inductance (Leakage inductance) と書いてあったりもろに Measuring Leakage Inductance と短絡して測るインダクタンスをそのまま Leakage inductance と言ってみたり、いろいろである。それでも、Googleで検索してみると短絡インダクタンスもshort-circuit inductance も全く数えるほどしか出てこない日本よりはマシかもしれない。

トランス OR 変圧器 "短絡インダクタンス" で検索してみると、
2件(本頁のみ) 2004年5月時点
6件(本頁含めて) 2008年7月時点

特許庁公報テキスト検索で公報全文の検索をかけてみても、たったの21件(2008年7月時点)。
はたして数年後には増えているのだろうか?

7.結局工業的漏れインダクタンスは短絡インダクタンスと称すのが正しい
結論としては漏れインダクタンスという用語は学術的な呼称として使用し、工業的に(慣習的に)漏れインダクタンスと呼んでいたものはJISC5602:1986 4305にも短絡インダクタンスという記載があることでもあるし(昔からあったし!)、今後はなるべく短絡インダクタンスと呼んでいくべきであろう。ただし気を付けなければいけないのは米国の工業標準のIEEEやISOにはこの記載はない。したがって欧米では短絡インダクタンス(short-circuit inductance)と言ってもすぐには受け入れてもらえないかもしれない。最近の新しい文献ではぼちぼち使われ始めたようであるし、IEEEでもshort-circuit inductanceが重要な概念だとして一本の論文として取り上げられている(今さらかよ!)。一応DINまたはドイツの学術文献には昔からKurzschlussinduktivitätの用語があったようである。
また、短絡インダクタンスの測定には一次側を短絡して二次側から測ったものと二次側を短絡して一次側から測ったものと両方が規定されている。短絡インピーダンスのように二次側を短絡して二次側で測っただけというものでもないのでその辺がとても柔軟で実用的である。一次側短絡インダクタンスも二次側短絡インダクタンスもトランスを使ったフライバックコンバータや共振コンバータの設計や動作解析の際にどちらも便利に使わせてもらっている。是非とも短絡インダクタンスという用語を今後は積極的に使っていくべきである。

8.より精密な漏れインダクタンスの測定法

短絡法による漏れインダクタンスの測定では、測定しない方の巻線を短絡してインダクタンスの測定を行うのであるが、短絡する側の巻線にあるわずかな抵抗成分によって測定値が影響を受けやすい。
特に、磁束漏れの少ないトランスの漏れインダクタンスを精密に測定することは至難の技である。
そこで、より簡便で精密な漏れインダクタンスの測定法として、直並列共振法を推奨する。
詳細な測定方法については 続く・・・・
(とりあえず共振変圧器の解析でも
 見ておいて下さい)



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